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はじめに
最近、こどもを怒る機会が続いた。ふと思った。私たち大人は、なぜこどもを怒るのか。では怒っているときなにを考えているのか。なにを期待しているのか。
怒る先になにを望む
怒ることは、とてもパワーがいる。できれば怒りたくない。ではなぜ怒るのだろうか。
本当に怒っているかといえば、内心は怒っていない。怒っているように見せているだけ。(まぁたまに本当に怒っていることもあるが)
私たちはなぜこどもに対して怒るのか。
それは、子どもにこうなって欲しいという理想があるから。その理想とは、その場のルールかもしれない。自分自身の思いかもしれない。
よく考えると”怒る”ではなく”叱る”かもしれない。
最終的には、こどもに伝わって欲しい。それが0.1パーセントでもいいから。
でもここで思う。私たち大人って叱るとき、怒るときに子どもに伝わるようにしていますか?
相手の言い分も聴かず、こちらの意見を一方的に押し付けていないか。
語気は強くなっていないか。
一方的に怒るのは、相手を対等な者してみていない。
怒られた側にも伝わる訳が無い。そして怒られたという事実が、許されたに変換されてしまうのではないか。
ただルール違反を説明されても、伝わらない。
自分の思い。アイメッセージを伝えても、一方的にいうだけじゃダメ。
怒られても、説明してもわからない子はいる。
でもそれは、その子のせいじゃない。みんな生まれながらの特性がある。
なぜ私たち、大人は怒るのか。怒った先になにを望むのか。その望むものに到達するための手段を講じているか。
とことん、こどもたちと向き合っているか。
怒ったことで大人側も満足していないだろうか。
互いに、もがいて、悩んでぶつかっていこう。
そんなことを思った。
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